Made in Hawaii Vanilla <Vanilla>

 

By Yurie Sakakibara (East West Journal) 榊原百合惠

 

 

 バニラは蘭の実からつくられる。ハワイは全米で唯一、そのバニラ蘭が生育する土地である。2000年夏、全米初しかも唯一、商業的にバニラを栽培して

いる「ハワイアン・バニラ・カンパニー/Hawaiian Vanilla 

Company」の、当時ハワイ島ケアラケクアにあったバニラ農園のジム・レデコップ社長を訪ねた。(同年8月15日号一面「ハワイ島コナのすきま産業

を探る」に掲載)

 バニラは、実を収穫するのに4年程かかるため、当時バニラ農園を始めて3年余りのレデコップさんのバニラは、初めての実が成り始めたところだった。実

を加工して商品となるのは2年近く先のことだったが、彼はバニラに将来を賭け、「バニラは、かつてのハワイの砂糖やパイナップルのように、将来ハワイの

主要産業に成り得ると見ています」と言い、色んな夢や抱負を語ってくれた。

 あれから6年経ち、彼はバニラ農園をハマクア地区パアウイロに移し、農園内で、バニラを使った昼食会やお茶会をし、バニラ製品を販売する売店も出来た

と聞き、夢を実現したレデコップさんのバニラ農園に再び訪れた。

 

 

 

■バニラ蘭

 

 蘭の種類は、2万種ほどあるが、バニラはその中の唯一の食用蘭である。バニラは、コーヒーやカカオが育つ地域とほぼ同じ、赤道の南北緯度25度以内の

範囲に育つ。原産地のメキシコに加え、バニラの主産地は、マダガスカル、インドネシア、タヒチ、カメルーン、レユニオン、コモロ、トンガ、カリブ海諸

国。アメリカは世界最大のバニラ消費国だが、1998年からレデコップさんがハワイ島でバニラ栽培を始めるまでは、誰も商業的にバニラ栽培をしていな

かった。

 レデコップさんは、それまではマイクロバスで農園を廻る観光ツアーをしていたが、観光客をコナのトム門岡さんの蘭園に連れて行くうちに、彼自身もバニ

ラに魅せられ、バニラを栽培するようになった。門岡さんは、2004年に83才で亡くなったが、ハワイのバニラ栽培の第一人者と言われる人で、1991

年から試験的にバニラを栽培していた。門岡さんからバニラ栽培のノウハウを教わったレデコップさんは、国から農業援助金を得て、コナの南、ケアラケクア

でバニラ栽培をしていた。バニラに将来を賭け、成功を夢見たレデコップさんだが、それまで農業とは無縁だったので、成功への道のりは長く、失敗もあり、

お金も沢山使ったという。

 バニラは、組織培養したものから実を収穫するのに4年、その実を熱処理し、天日乾燥して商品となるのに9か月程かかるため、育てたバニラの品質のいか

んは、5年後しか分からない。レデコップさんは、最高級だと予測した最初のバニラの品質が予測以下だったので、また最初からやり直したという。パアウイ

ロの築90年のコーヒー焙煎所と土地を買い、壊れそうだった焙煎所を自宅兼作業所に改築し、近所にバニラ栽培の温室も建てた。

     

■失敗から学ぶ

 

 レデコップさんは、「バニラ栽培には、土壌が鍵だと失敗から学びました。ケアラケクアでバニラ栽培をしていた時は、バニラを土に植えていましたが、温

室をパアウイロに移してからは基本的に水耕栽培をしています。バニラの根はあまり下に伸びず、横に広がり、根に充分空気が行かないと、良い実が成りませ

ん。バニラを土に植えると、根に充分空気が行かないことが5年経って初めて分かったので、今は土を一切使わず、椰子の実の繊維や殻を砕いたもの、落ち葉

などを使っています。

 バニラは繊細で強い日差しに弱いので、今は温室の日差しを三段階に調節出来るように工夫しています。バニラに限らず、作物栽培で大事なのは、種子や苗

木の素性です。いくら土壌や日差しに気を配っても、種や苗木自体が悪かったら良い作物は出来ません。今はかつて以上に血統にこだわり、温室栽培に強いマ

ダガスカルのバニラをコスタリカで培養したものを栽培しています」と語る。

     

■国際バニラ会議に参加

 

 全米初の農業には苦労も伴う。アメリカにはバニラ生産の前例が無いので、バニラに関する情報や手本を外国から得ないといけない。今年はメキシコで初め

て国際バニラ会議があり、世界の推定20000人のバニラ生産者の内、約2000人が参加したが、レデコップさんは米唯一の参加者だった。レデコップさ

んは、「殆どが開催国のメキシコからの参加者だったので、会議はスペイン語で行われ、私は通訳を通して講義をしたり、聞いたりしました。毎年世界で約

18000トンのバニラ生産がありますが、今年は、約26000トンになる見込みだとこの会議で知りました。

 バニラは、需要より供給の方が少ない作物なので、常に市場が確保された作物でしたが、これから変わるかもしれません。バニラの世界最大生産国のマダガ

スカルで数年前サイクロンがあり、バニラ農園に被害がありましたし、インドネシアのバニラ農園も津波の被害に遭いましたから、益々供給が減るという予測

でした。しかし、パプアニューギニアでも最近バニラ生産を始め、自国では、さばききれないので、世界に市場を求めています。世界市場は常に動いています

から、作物を作るには、どうやってどこで作物を売るかという市場のことを常に考えないといけません」と語る。

     

■バニラ豆

 

 バニラは、商品化するのに5年かかり、手間もかかるので、サフランに次ぎ高価な香辛料である。バニラの花は、1月下旬から5月下旬の1日、しかも4時

間しか咲かない。原産国のメキシコには、バニラの花を受粉するメリポナ蜂がいるが、それ以外の国にはその蜂がいないため、受粉は、花の咲いている4時間

の間に、一花ずつ手でしないといけない。

 一本のバニラ蘭に、花が沢山咲いても、受粉させるのは8個から10個。実は長さ20センチ程のインゲン豆のような形をしているため、バニラの実をバニ

ラ豆(Vanilla 

Bean)という。熱処理し、天日加工したものもバニラ豆と呼び、シェフはバニラ豆をそのまま料理に使うが、一般的にはバニラ豆から抽出したバニラエキ

ス(Vanilla Extract)を菓子類の香り付けに使うことが多い。

 一つのバニラ豆の中には、20万から30万個のケシの実より小さい黒い種がびっしりと入っている。市販されているアイスクリームに、この種が入ってい

るものもある。バニラの香りの元は、種の中のバニリンという成分で、バニリンの量が多いほど香りが高く、高級なバニラになる。広く栽培されているバニラ

蘭は、Vanilla 

planifoliaというバニラだが、コーヒーやカカオと同様に、同じ種類のバニラでも、栽培地や土壌、水や肥料の加減、加工の仕方で香りや品質に違

いが生まれる。

     

■昼食会・お茶会

 

 バニラ栽培に加え、レデコップさんは、2年半前から農園で昼食会やお茶会を家族ぐるみでしている火・水・木曜日に行われる昼食会の料理を担当するの

は、主に奥さんのトレーシーさん。給仕をしてくれるのは、レデコップさんの3才から12才の6人の子供たち。食事作りに忙しいトレーシーさんを除く家族

全員が、食事の前にバニラについての説明をし、微笑ましく暖かい雰囲気の中で昼食会が行われる。

 レデコップさんは、「当初は、ハワイ諸島を廻るクルーズ船のオプショナルツアーとして、週一度だけ24人限定の昼食会をしていましたが、少しずつ改良

しています。1年前までは、食器はプラスチックで、バイキング形式の昼食会でしたが、今はバニラ蘭を連想させる図柄の陶器を使い、バニラを使った3コー

ス料理とデザートを出しています。

 本物のバニラは、人工的に作られたバニラエッセンスとは違いますし、最近の傾向は、人工的なものから自然なものに変わりつつあります。この農園で本物

のバニラを使った料理やデザートを味わい、バニラについて知って帰るので、訪れた人は本物のバニラにこだわるようになると思います」という。最近レデ

コップさんは、農園にオレンジ、レモン、ライチー、シナモン、ランブータン、ロンガンなどの果物の木を植えた。実が成れば、昼食会やお茶会のメニューに

お目見えするというので、農園での試食は益々充実しそうである。

 

■子供を自宅教育

 

 レデコップさんは、昼食会などに訪れるお客様を、レデコップ家に訪れるお客様のように接しているというが、小さい子供も、給仕しながらゲストと上手く

交流している。義務教育年令の子供たちが、平日の昼間、ゲストに食事を給仕しているので、中には不思議に思う人もいて、「今日学校は無いの?」という質

問から子供たちとの会話がはずみ出す。レデコップさんの子供たちは、近くの小学校に在籍しているが、トレーシーさんがホームスクーリング(自宅教育)し

ている。

 子供たちは、基本的に午前中勉強し、昼食会やお茶会の時間は、バニラの説明や給仕のお手伝いをし、その後、空いた時間にも勉強をしている。教科書や教

材はトレーシーさんが選択し、毎年、それぞれの学年に合ったSAT(標準学力試験)を受け、その成績が教育局に提出される仕組みになっている。学校教育

は、他の生徒との交流から学ぶことも多いが、ここではその替わりに、幅広い年齢層のゲストと交流し、大勢の人の前で説明をし、質問にも答えている。彼ら

は農園の運営を幼い頃から体で学び、学校教育にない社会勉強をみっちりとしている。

 

■バニラ製品

 

 農業で収益を上げるには、農作物そのものを売るより、加工したり付加価値を付けて売る方が効率がいいという。その点バニラは、食品や化粧品など、いろ

んな製品が出来る強みがある。レデコップさんは、バニラ豆のほか、バニラエキス、バニラコーヒー、バニラ紅茶などに加え、ローション、リップクリーム、

シャンプーなど、様々なバニラ製品を、主に農園とインターネットで販売している。彼は、「何もかも自分でやろうとすると無理があるし効率も悪いので、農

園では、バニラ豆を完成するまでの作業をしています。

 バニラエキスは、農園で作ったバニラ豆を、抽出液を作る会社に送ると、ドラム缶で完成品が送り返されるので、それを農園で一つずつ瓶詰めにして、ラベ

ルを貼り、密封して商品にしています。他の製品も同様に、ここで出来たバニラ豆やエキスを製造会社に送り、完成品が送り返される仕組みになっています。

昼食会に訪れた人がバニラ製品を買って帰り、無くなるとEメールにメッセージを添えて注文してくれることが多く、インターネット販売は順調に伸びていま

す。消費者に直売した方が、売店にマージンを払う分だけ安く出来るので消費者にもいいと思います」という。

 

■バニラ農園の運営

 

 レデコップさんは、「農夫1人だけなら、何を栽培しても贅沢をしなければ、食べていけますが、私には妻と6人の子供がいて、家族を養わないといけませ

ん。家族が、のどかなハマクアの自然の中で暮らせて、家族全員で出来る家内工業的な事業を模索していて、バニラ農園に行き着きました。1年前までは、家

族だけで運営していましたが、人手が足りなくなったので、今は従業員が6人いて、受粉作業や昼食会の手伝いをしています。

 バニラ農園を始めるのに国から農業援助金を頂きました。そのお金を地域の人にも還元しようと思っていましたから、製糖会社の閉鎖で失業したハマクア地

区の人を雇うことが出来て良かったと思っています。でも農園が軌道に乗り始めたからと言って、大企業にしようという野望は、全くありません。ウチの農園

は、カリフォルニアのナパのワイン醸造所に似ていて、ワインの試飲が、ウチではバニラ試食になっているだけです。ナパのような牧歌的な農園が理想なの

で、家族が一緒に居られて、生活していければいいと思っています」という。

 

■バニラ栽培の将来

 

 亡き門岡さんは、4エーカーのコーヒー農園の生産高は、4分の1エーカーのバニラ農園の生産高に匹敵すると言い、効率の良いバニラ栽培をみんなに奨励

していた。そんな門岡さんを師事したレデコップさんは、バニラ農園を成功させ、バニラ栽培のセミナーをするまでになった。ハワイ島の農家を対象にした彼

の3時間の講義に、これまで400人ほどが参加したという。その影響もあり、今ハワイ島では、レデコップさんの他に、少なくとも5人がバニラ栽培をして

いて、これからも増えそうだという。コナ地区には、約700人のコーヒー耕作者がいるが、かつて門岡さんは、少なくともその内の100人がバニラ栽培に

転換して、少しでもましな生活をするのが夢だと言っていた。

 門岡さんの両親は、熊本県出身の一世で、コナでコーヒー農家をしていた。コーヒー耕作の重労働を身を持って体験したので、彼はコーヒーより効率の良い

蘭園で生計を立てていた。そんな門岡さんだから、近隣の農家が少しでも楽をして欲しいと願っていた。 

 亡き門岡さんの夢が現実となる日も遠くないかもしれない。

 

Acknowledgements: Hawaii Tourism Japan/ Big Island Visitors Bureau/ 

PacRim Marketing Group, Inc/ Hilton Waikoloa Village/ Dollar Rent A Car

 

〈ハワイアン・バニラ・カンパニーのウェブサイト〉

www.hawaiianvanilla.com